ときどき神主ブログ - 櫛原町は久留米ではなかったことを実感 三井郡節原村役場の罫紙

櫛原町は久留米ではなかったことを実感 三井郡節原村役場の罫紙

カテゴリ : 
歴史
執筆 : 
office 2010/9/24 16:59

櫛原町、東櫛原町は、久留米市中心部の北に位置し、久留米市の経済界の方々が多くお住まいになられている閑静な住宅街ですが、久留米市になったのは大正12年、それまでは三井郡節原村でした。

 

社務所の古い書類をみていたら、こんなものが。

 

三井郡節原村役場 罫紙

 

「三井郡節原村役場」と赤字で印刷されているのがわかりますか。

「櫛原」ではなかったんですね。

この資料は、神饌幣帛料供進神社、要するに役所から神社にお供えをする神社に指定されましたよということを示しています。

ちなみに、天満神社が今の櫛原天満宮です。日吉神社は小森野の日吉神社、八幡神社は高野産八幡宮のことです。

 

 

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office  投稿日時 2010/9/25 11:27
江戸時代の地図を見ると、お城から通町を中心に東へ延びていますね。五穀神社が一番東側だったようです。
地図、アップしてみます。
hamakazu   投稿日時 2010/9/24 22:52
今はまさに中心部のような櫛原が、久留米ではなかったのですね。
その当時、どこが中心部だったのでしょう?
久留米市も随分広くなりましたね。





















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